Googleから学んだこと。要件定義からオファーまで:日本のエンジニアリング市場に向けたダイレクトソーシング体制の構築

2026年5月15日

著:Jordan Jarjoura(ZooKeep プロダクト責任者)

 

2014年頃、Google Maps JapanはiOSエンジニアのチームを一から立ち上げる必要があった。私がその採用担当にアサインされ、当時の上司から言われた言葉は至ってシンプルなものだった「Jordan、iOSチームを作ってくれ」と。「わかりました、やります!」と答えたものの、実態についてまだ何も把握していなかった。

つまり、当時の日本におけるiOSエンジニアの実際の人材プールがどれほど限られているかも確認していなかった。Objective-Cはまだニッチな技術であり、そのスキルを持つエンジニアのほとんどはコンピューターサイエンスの学位を持つ人材ではなく、アプリ開発を通じて独学で学んできたフロントエンドエンジニアだった。そして私は彼らを、サーチインフラ担当エンジニアのために設計されたGoogleの標準的なエンジニアリング選考プロセスに送り込んでしまったのだ。C++、システムデザイン、アルゴリズム。採用委員会は機械学習やバックエンドエンジニアのメンバーで構成されており、優れたモバイルエンジニアの評価軸を誰も持ち合わせていない状態だった。

そして、私が紹介した候補者は全員不合格と評価されてしまった。候補者に実力がなかったからではなく、プロセス自体が異なる人材を対象に設計されていたからだ。

この状況を把握できたころには、日本で採用できる候補者母集団の大半を消費してしまっていた。本来は優秀な候補者になりえた人たちがGoogleの選考を受け、不合格となり、もはやアプローチできない状況になっていた。最初から失敗する運命にあったのに、それすら気づいていなかった訳だ。

この経験を含め、Google Japan Koreaでの7年余りの間に積み重ねてきた多くの失敗が、日本のエンジニア採用について私が今知っていることの土台となっている。理論からではなく、自分自身の候補者パイプラインを潰し、何が問題だったのかを分析し続けて得られた実践知だ。

口走る前に、市場を把握する

採用担当者が日本市場でもっとも危険な行動を取るとすれば、それは何に同意しているかを把握する前に「はい!」と言ってしまうことだ。

日本は大きな人材プールが存在する市場ではない。ニッチなエンジニアリング職、とりわけ専門技術に加えて日英バイリンガル能力が求められる場合、国内の母集団プールは100名未満になることも稀ではない。20名以下になる場合もある。実際、私は後になって「この求人を埋められる人材が、日本全体で10〜20人しかいなかった」と気づいたことがある。

そこまで小さなプールで動いている以上、誤った出だしの余裕は一切ない。求人にフィットしていない面接プロセスに候補者を送り込み、落としてしまえば、それは取り返しのつかない候補者パイプラインの縮小を意味する。1ヶ月後に再度アプローチすることはできない。なかったことにもできない。それは「潰してしまった」ということだ。

だから、依頼されたヘッドカウント(要員計画)に同意する前に、つまり事業部側の採用マネージャーに「この人材を見つけられます」と約束する前に、まず母集団となる候補者市場を把握すべきだ。この求人に実際に対応できる人材は何人いるのか?現実的な返信率はどのくらいか?選考の各ステージにおける通過率はどれほどか?オファー承諾率は?

市場に1,000人いて、メール返信率が10%であれば、実際にエンゲージできる候補者は100名だ。そこから各ステップのコンバージョン率を適用すれば、ソーシングを始める前に採用マネージャーに対して現実的な数字を示せる。状況がいかにシビアか、そしてその採用を実現するために何が必要かを。

この採用マネージャーとの会話が、すべてを変える。3週間後に20名の候補者を持参して「この人たちじゃない」と言われるのではなく、事前に「これが現実的な母数です。市場が実際に提供できる候補者はこれです。どう進めますか?」と話し合えるようになるからだ。

Google Cloud Japanでも同じことが起きた。初期のクラウド時代、私たちは英語が話せるソリューションアーキテクトを必要としていた。当時、クラウドアーキテクチャの経験を持つ人材はMicrosoftとAmazonにしかいなかった。そして流暢な英語を話せる人材はほぼ皆無だった。当時Googleでは「流暢な英語は必須」だった。「高度な英語力」と「クラウドアーキテクト経験」の両立が、その市場では不可能だということを誰も先に確認していなかった。当然ながら、採用目標を達成できなかった。人材要件を変更してから、初めて解決できた。この会話を最初の週に行っていれば、防げたことだった。

最適な人材と最強の人材は違う

採用マネージャーは、必要な人材を「最も優秀なエンジニア」という形で定義することがほとんどだ。その視点は理解できる。しかし「最強」は何かを基準にした相対的な概念であり、その基準が実際の業務でなければ、必要な人材を何ヶ月もかけて落とし続けるという事態になる。

修士号、C++、アルゴリズム、システムデザインという「優れたエンジニア」の基準はサーチインフラには本当に適切だった。しかしコンシューマー向けの地図アプリを開発するiOSエンジニアには、まったく不適切だった。私の候補者を評価した面接官はサーチや機械学習のエンジニアだったが、彼らは優れたiOSエンジニアを評価する術を知らなかった。だから、実際には求人内容の業務に何も関係のないシステムデザインの問題を解けなかったという理由で、多くの候補者を落としていたのだ。

これに先手を打つ方法はシンプルで、且つソーシングを始める前に行う必要がある。採用マネージャーに「この人材が6ヶ月後に「成功している」とはどういう状態ですか?実際に何に取り組むのですか?OKRは?スプリントはどんな内容ですか?」と。それらに対して具体的な答えが得られれば、採用プロセスが間違った「不合格」を生み出している時に立ち戻るべき基準が手に入る。「Xを構築できる人が必要とおっしゃっていました。この候補者はXを構築できます。なぜ落としているのですか?」と言えるようになる。どう評価すべきかを修正することもできる。

多少は意見のぶつかり合いが生じかねる会話かもしれない。しかし、本当に必要な人材を体系的に落とし続ける採用プロセスを止める唯一の方法だ。

限られた母集団において、偽陰性は致命傷になる

偽陰性(false negative)とは、本来は優れた候補者であったにもかかわらず、採用プロセスが弾いてしまうことだ。シリコンバレーのような大きな市場であれば、そのようなミスは吸収できる。日本ではできない。

原因はいくつかある。ひとつは職種に合わない評価フレームワーク、これはiOSの事例と同じだ。しかし、あまり語られないもう一つの原因がある。それは、候補者が何に直面するのかを知らないまま選考に臨んでいることだ。

例えば、Google Stadia(※Googleが提供していたクラウドゲームストリーミングサービス)のローンチ準備をしていた時、大手ゲームスタジオからエンジニアを採用しようとしていた。しかし、そのような企業に在籍していた候補者は「なぜメジャーなゲーム会社を辞めて、Googleでゲームを作りに行くべきなのか?」。Googleはゲーム会社ではない。そこで、対策として私は何週間もかけて候補者向けの情報パッケージを準備した。「Google Stadiaのミッションとは何か?なぜこれが重要なのか?チームにどんなメンバーがいるのか?選考プロセスはどんな内容か?実際に何を作るのか?」などなど。

採用マネージャーの中には「それは情報を与えすぎでは?出題内容を事前に漏らすことにならないか?」という人もいたが、私の答えはいつも同じだった「面接の質問がしっかりしてあれば、関係ありません」。このような候補者向けの情報パッケージを準備することで減らせたのは、実力のある候補者が面接当日の調子、不安や混乱、評価基準の理解不足によって本来の能力を発揮できないケースだ。つまり、偽陰性(false negative)を減らすことに役立ったのだ。

会社の看板ではなく、その求人固有の魅力(EVP)を明文化する

アウトバウンドでアプローチする全ての候補者は、心の中でこの問いを立てている「自分にとってこの仕事に就くことは何のメリットがあるのか?」会社のピッチではない。なぜGoogleが素晴らしいか、なぜマッキンゼーが一流の企業かではなく、なぜ自分のようなエンジニアがこの特定の仕事に就きたいと思うべきなのかへの回答を準備するのが大事なのだ。

そしてその回答は、候補者らにスカウトメッセージを送る前に準備できていなければならない。そして、具体的でなければならない。エンジニアとセールスパーソンは転職の動機が異なる。研究者肌の候補者はTPM(テクニカルプログラムマネージャー)と同じことを考えていない。アウトリーチのメールが会社の告知文のような内容であれば、ほとんどの人は無視するであろう。メールの最初の一文に「関心を持つ理由」がなければ、その時点で機会は失われる。

もう一点。採用プロセスに関わる全員が、候補者に対して同じメッセージを発信しなければならない。人事採用担当が伝えるストーリーと、事業部側の面接官や採用マネージャーが伝えるストーリーに整合性がなければ、候補者はそれを見抜く。会社全体が無秩序に映る。特に安定した職場を離れることに慎重な日本の候補者の場合、知名度の低いスタートアップや外資系企業の場合、わずかな認識のズレでも候補者は立ち止まり、辞退することになりがちである。

そのような事態への対策として、求人別にカスタマイズしたEVP(※Employee Value Proposition)を定義すべきだ。採用マネージャーと面接官全員がそれを言語化して共有できている状態にしておくことが重要だ。そのような準備が、企業への信頼につながる候補者体験の基盤となる。

エージェンシー依存からの脱却:名前を集める

日本は、エンジニア人材のリファラル率が世界でも最も低い国の一つだ。誰かを推薦することは、その人に自分の評判を賭けることを意味する。その人がうまくいかなければ、個人的な失敗感が伴う。この重みが、インセンティブプログラムでは乗り越えにくい形でリファラルを抑制している。

そのギャップを埋めているのがエージェンシーだ。コストはかかる。そして構造的な問題は、エージェンシーが候補者との関係を保有しており、自社ではないという点だ。

Googleには、私たちが社内で『ドア・ツー・ドア』と呼んでいた独自の方法があった。一人ひとりのエンジニアのもとを訪ね、直接話を聞くアプローチだ。エンジニアに直接リファラルを求める代わりに(これが文化的な抵抗を引き起こすため)、一人ひとりのエンジニアと個別に座り、事前に作成した候補者リストを持参する。前職の同僚、同種のチームに属していた人材、同じプログラミング言語やプロダクト領域の人。「この中に知っている人はいますか?その人はどうですか?」と聞くことで、関係性のダイナミクスが変わる。彼らは自分を推薦者として立場に置く必要がない。「ああ、彼女はなかなか優秀だよ」というひと言があれば十分だ。それが温度感のあるシグナルになる。そこを起点に、何らかの文脈を持ってアウトリーチができる。

もう一つ、多くの人が見落としていること。それはセールスパーソンの存在だ。中規模の企業でエンジニアを探しているなら、その企業の営業担当者は技術チームの全員を知っている。そして彼らはエンジニアより話しやすく、情報を共有したがる。だから営業チームに当たるべきだ。聞いてみればいい。彼らは外向的で、人脈があり、協力しない理由がない。

候補者目線のブラックボックスを取り除く

日本の候補者は意思決定に時間をかけがちだ。慎重に考え、家族と相談し、転職を決める前に現職の上司とも話す場合が多い。スタートアップや知名度の低いブランドの場合、デフォルトの姿勢は慎重だ。

候補者にとっての不確実性を先に潰しておくと、後工程のあらゆるステップが加速する。大がかりなことは必要ない。採用マネージャーからのひと言。社内における通常の開発スプリントの説明。オフィス内の雰囲気を映すショート動画。未知が少し身近に感じられるものであれば何でも。最初の面接の前に、候補者が文化、チーム、日常業務、マネジメントスタイルを少し感じ取ることができれば、プロセスに入る段階で既に関与度が高まっている。

これはまた、「チャンスに興味はありますか?」というだけのアウトバウンドスカウトメールが機能しない理由でもある。相手は未知のものに対して時間を使うよう求められている。まず何かを提供することが必要だ。

すでに持っている候補者データベースを掘り起こす

Googleでは、内定承諾者の30〜40%が、実は過去に応募または選考を受けたことのある人材だった。このパーセンテージを聞いて驚く人は多い。実はGoogleの場合、ほとんどの候補者は1回目の選考では採用されないが、その後に他社で経験を積み、スキルを身につけ、2回目トライする頃には求人により適した人材になっていることが多々ある。あるいは本にも心境が変わり、転職意欲が。偽陰性(=実力があるのに落とされるケース)のリスクが下がる。

ある大手自動車メーカーと仕事をしていた時、採用チームが事実上無視しているデータベースを目にした。新しい求人を開くたびに、新たな候補者パイプライン構築のリクエストが走っていた。不合格になった候補者は永遠に対象外、という前提だったのだ。採用マネージャーは文字通り「もう落としたから」とだけ言っていた。それで終わりだった。

これは大きな機会の損失だ。特に日本においては。あなたの選考を既に受けており、既にプロセスを経験しており、かつて関心を示したことのある候補者は、新規のコンタクトよりも求人企業のブランドへの親和性がはるかに高い。その候補者はあなたの会社を知っている。それはオファー承諾率に影響する。

だから候補者にタグをつけるべきだ。どのポジションで選考を受け、なぜ不合格になったかを記録する。1年後に見直すリマインダーを設定する。過去のインターン生が中堅採用の対象になる。あるポジションの内定承諾に至らなかった最終候補者(シルバーメダリスト)が、後に別の求人において最適な人材になることもある。これは管理業務ではない。ソーシング戦略だ。

採用マネージャーとの交渉にはデータを使え

採用マネージャーから採用要件リストを渡された時、リクルーターなら本能的に「はい!」と言って即座にソーシングを始めたくなる。私もそうしてきたのでその気持ちは良くわかる:役に立ちたい、早く動きたい、最初のミーティングで反論したくない。

問題は、20名の候補者を持参して彼らのプロフィールが採用マネージャーの期待とずれていた場合、利用可能なプールの一部を消費し、自分の信頼性も傷つけてしまうことだ。それは、避けようとしていた会話よりもはるかに悪い結果だ。

だからこそ、まずは分析を行うべきだ。3日間かけてでも構わない。候補者の市場を把握する。要件に合致する人材が実際に何人いるかを確認し、現実的なコンバージョン率(レスポンス率、スクリーニング通過率、面接通過率、オファー承諾率)を用いて、採用マネージャーにその計算式を見せるべきだ。市場に1,000人いても10%しか返信せず、各ステージを通過する割合がわずかであれば、現実的にアプローチ可能な候補者母集団の規模はどれほどになるのかを。

エンジニアリングマネージャーはロジカルなので、必ずこれに反応してくれる。データを持参して「これが実際の候補者データプールです。ここに制約があります。採用要件の調整を検討すべき点はこれとこれです」と伝えれば、彼らはそれに向き合ってくれる。ソーシングを始めていたら絶対に検討しなかったような人材要件の調整、評価基準の見直し、求人定義の拡張を考え始めるだろう。

とにかく、最も避けるべきことは「はい」と言ってソーシングし始めて、何も成果を挙げられないまま、「失敗」という立場から採用マネージャーとそのような会話をすることだ。アクションを起こす前に先ずはリサーチして会話すべきだ。「急がば回れ」とはそういうことだ。これはマインドセットの話ではなく、「3週間も成功しないソーシング活動に時間をかける前に、30分間の市場分析に投資する」という判断が日本におけるエンジニア採用で成功する絶対条件だ。

 ===

Jordan JarjouraはZooKeepのプロダクト責任者。Google JapanおよびKoreaにてエンジニアリング採用を約8年間率い、Google Maps、サーチ、Google Cloud、AIリサーチなどの採用を主導。Google入社以前はSquare EnixでHR・採用に携わり、大手自動車メーカーの採用手法・プロセス・テクノロジーの変革に重要な役割を果たした後、ZooKeepに参画。